社会福祉法人 恩賜財団 済生会(しゃかいふくしほうじん おんしざいだん さいせいかい)
済生春秋 saiseishunju
2020.05.01

第87回 国語辞典を楽しむ

 国語辞典を使わない日はない。最近は、意味を調べるよりも漢字に自信が持てなくて確認するために引く。
 自宅で使用している辞典は、昭和55年に発行された「角川国語辞典」である。40年前、英国に勤務する時に買ったもので、相当に傷んでいる。その後新しい国語辞典を何冊かそろえたが、この辞典は、人生の伴侶のようで手放せない。

 公務員在職時から雑誌等の原稿の依頼を時々受ける。進んで引き受けている。週末をつぶして書くのはつらいが、自分の考えを深め、整理するのに役立つ。座右にはいつもこの辞典がある。
 新語や専門用語は、インターネットを利用する。迅速に調べられ、辞典よりも便利だが、この国語辞典にこだわってきた。
 収録されている語彙(ごい)数は、7万7千語で、知っているつもりの語彙ばかりだが、自分の言葉として縦横無尽に使えるかといえば、自信がない。「辞書に収録されている語彙をすべて完全にモノにするぞ!」という目標を掲げられるのは、インターネットにない本の魅力だ。

 人間の活動は、言葉によって進歩してきた。人間は、言葉によって思考し、コミュニケーションを図る。言葉がなければ、科学は発達しなかった。言葉が豊かであれば、社会のレベルは向上する。個々の人の能力も伸びる。
 語彙数の少ない途上国があるが、学問の発展の阻害要因になる。医学の教科書を母国語で記述できない途上国では、今でも英語やロシア語の教科書が使用される。
 明治時代に西洋の学問を移入する時に、当時の日本人は立派だった。医学、法律、哲学など西洋の学問の専門用語を適切な日本語を案出して翻訳した。これを可能にしたのは、明治維新前から学問や芸術が発達し、語彙が西洋に負けないほど豊かだったからだ。

 言葉こそ最高の文化である。
 狭い拙宅だが、収録50万語の小学館の「日本国語大辞典」(全14巻)という日本最大の国語辞典を所持している。ずっしりと重く、床が抜けないか心配で、分散して置いている。出合ったことのない語彙が多く、用例や方言などが豊富に記載され、読んでいても飽きない。
 日本の科学、教育、産業水準の高さは、諸外国に負けない日本語の語彙の豊かさが基礎にある。しかし、何でも「かわいい!」とか「うそ?」が連発される昨今の日本社会に接すると、心配になるのは私だけだろうか。

炭谷 茂

すみたに・しげる

1946年富山県高岡市生まれ。69年東京大学法学部卒業、厚生省に入る。自治省、総務庁、在英日本大使館、厚生省社会・援護局長などを経て2003年環境事務次官に就任。08年5月から済生会理事長。現在、日本障害者リハビリテーション協会会長、富山国際大学客員教授なども務めている。著書に「環境福祉学の理論と実践」(編著)「社会福祉の原理と課題」など多数。

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