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2022.11.22
ウェルニッケ脳症は、ビタミンB1の欠乏によって意識障害や眼球運動障害(眼球の揺れなど)、運動失調(歩行時のふらつきなど)といった症状が現れる脳の病気です。この病気を報告したドイツ人医師カール・ウェルニッケにちなんで病名がつけられました。
ビタミンB1は、細胞内でブドウ糖を分解してエネルギーを作る際に必要な栄養素です。特に脳の神経細胞はエネルギー源としてブドウ糖だけを利用しており、ビタミンB1の欠乏は脳に障害を与えるリスクを高めます。
通常、ビタミンB1は食物から摂取されるため、食物摂取量が減少すれば必然的にビタミンB1欠乏が起こる可能性があります。アルコール依存症や、妊娠悪阻(にんしんおそ=重度のつわり)によるビタミンB1欠乏が有名です。
アルコール依存症の人は、食べ物を摂らない傾向にある上、アルコールによって消化管からのビタミンB1吸収機能が低下しています。さらに、アルコールを分解するためにビタミンB1の必要量が増加することで、ビタミンB1欠乏を助長してしまいます。
妊娠悪阻では、食物摂取量が減るためブドウ糖を含む点滴で治療を行ないます。このブドウ糖を分解するために、ビタミンB1の必要量が増加して欠乏を招きます。
そのほかにも、がんがある患者さんでは、病気による食欲低下に加えて化学療法の副作用による食欲低下が起こることがあり、ビタミンB1の欠乏を招きます。また、偏食や腸疾患でもビタミンB1が欠乏することがあります。
ウェルニッケ脳症の代表的な症状は、次の3つです。
①意識障害:重度の場合、昏睡に陥りますが、軽度の場合は意識はあるものの無関心や無気力の状態がみられます。
②眼球運動障害:眼球が細かく揺れたり(眼振)、眼球の動きが制限されたりします。特に眼振が多いとされています。
③小脳性運動失調:小脳の機能障害のために身体の正確な動きができなくなる状態で、軽度の場合は歩行時にふらつきがみられる程度ですが、重度になると歩行できなくなります。
ただし、3つの症状が同時にみられることは少なく、約8割の人には3つのうち1つまたは2つの症状が現れます。
適切に治療されなければ、ウェルニッケ脳症から回復しても、記憶障害とそれを取り繕う作話(作り話)などの後遺症が残ります。この状態は「コルサコフ症候群」と呼ばれ、回復不能です。
診断には病歴と診察所見が最も大切です。つまり、これまでの経過からビタミンB1欠乏の可能性を推測し、前述の代表的な3つの症状のいずれかを見つけることが診断の手がかりになります。
血液検査によってビタミンB1の欠乏が証明されれば、診断が確定します。
また、頭部MRIを撮影すると、第三脳室周囲、中脳水道周囲、乳頭体、視床内側に左右対称の白い影がみられます。これはウェルニッケ脳症に特徴的な所見とされており、確定診断に役立ちます。
ウェルニッケ脳症の原因はビタミンB1の欠乏のため、治療法はビタミンB1の大量投与です。具体的には、通常1日あたり100mg以上のビタミンB1を静脈注射で投与します。成人のビタミンB1の体内貯蔵量は25~30mgと考えられており、余った分は尿で排泄されるので、過剰摂取による副作用はありません。
ウェルニッケ脳症は治療開始が遅れるとコルサコフ症候群を発症するため、早期発見・早期治療が非常に重要です。そのため診断の確定を待たず、ウェルニッケ脳症が疑われた時点でビタミンB1の投与を開始します。
早期発見には、医師による細かな問診や丁寧な診察によって症状を正確に把握することが最も大切です。そのため、医学解説の「ウェルニッケ脳症の症状」で挙げた3つの代表的な症状のいずれかがみられたら、脳神経内科などを受診しましょう。
ビタミンB1の血液検査は結果が出るまで数日かかるので、その結果を待っていると治療開始が遅れます。検査の際に血液検査に加えて頭部MRIを撮影することが多いですが、MRIではウェルニッケ脳症の特徴的な所見が見つかりやすく、早期発見に非常に役立ちます。
食物摂取量の減少と偏食には十分に気をつけてください。ただし、普通の食生活を送っている限りビタミンB1欠乏になる可能性は低く、ウェルニッケ脳症を発症することはまずありません。
アルコール依存症の患者さんの場合、ビタミン剤の内服はウェルニッケ脳症の発症を予防しますが、アルコール依存症自体の治療を行なうべきでしょう。
妊娠悪阻で点滴を受ける場合、予防のためにビタミンB1が同時に投与されています。
食事からビタミンB1を摂取する場合、お勧めの食物は豚肉、魚、切り干し大根、ブロッコリー、ニンニクなどです。
ビタミンB1は米ぬかに豊富に含まれていますが、精白米にはほとんど含まれていません。日露戦争(1904~1905年)の際、白米を食べていた日本陸軍で脚気(かっけ=ウェルニッケ脳症と同様にビタミンB1欠乏が原因)を発症する兵士が続出しましたが、麦飯が主食だった海軍ではほとんど発症しなかったといわれています。
また、かつてはインスタント食品の普及によりビタミンB1欠乏症(ビタミンB1不足で脚気などを引き起こす状態)が増加しましたが、現在ではビタミンB1を添加したインスタント食品も多く販売されているようです。
解説:石橋 靖宏
北上済生会病院
副院長 脳神経内科科長
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