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2022.03.16
薬物依存症とは、薬物の使用を自分自身でコントロールできず、やめられなくなる状態のことをいいます。
仮説ではありますが、薬物使用を繰り返すことで脳内の報酬系(欲求が満たされたときや満たされると分かったときに活性化して快感をもたらす神経系)の神経路に機能の変化が起こり、障害といえる依存症の状態をつくり出すと考えられています。
ギャンブル障害(ギャンブル依存症)等の依存症患者に対する脳の画像検査の研究などにより、依存する薬物への反応と、それ以外の「楽しいこと」などの報酬対象への反応との間には差がみられ、特に依存する薬物以外に対しては低い反応を示すようになることが確認されています。薬物以外に楽しみが少なくなっていくという点は実際の患者さんにみられる状態であり、興味深い結果です。
一方、快感の追求ではなく、苦痛を緩和するために依存的な行動がエスカレートしていくという仮説もあります。薬物の使用により苦痛が緩和することで自己への報酬(快感)を得るのだと思われます。「自己治療仮説」と呼んでいますが、これも患者さんの状態から導き出した仮説といえるでしょう。
アメリカの最新の診断基準であるDSM-5によると、以下のような症状があり、いずれか2項目以上が直近1年以内にみられれば、薬物依存症と診断されます。
①薬物の使用をコントロールできなくなる
②薬物の使用によって生活上のトラブルが生じている(社会的障害)
③身体面および精神面で危険な使用をする(危険な使用)
④最初の頃と比べて同じ感覚を味わうための摂取量が増える傾向がある(耐性)
⑤依存物質の使用をやめたり量を減らすと、薬物本来の作用とは異なる不快な症状が出現する(離脱)
など
参考:アメリカ精神医学会「精神障害の診断と統計マニュアル第5版(DSM-5)」
患者さんが乱用している薬物の種類を特定するために、薬物使用直後の場合は簡易尿検査を行ないます。なお、検査結果が陽性の場合、使用しているのが覚醒剤や大麻などの触法薬物(法律に違反するような薬物)であっても、医師の守秘義務の問題から原則としては警察への通報はしません。治療を優先するからです(ただし、コカインやヘロインなどの麻薬指定の薬物は医師に届出義務があり、都道府県知事へ通報を行ないます)。
アルコール依存症の人の90%にニコチン依存が併せてみられるように、薬物依存症の人でもしばしば多剤の乱用が問題となります。薬物使用歴をよく確認する必要があります。
本人自ら薬物依存を認めて受診することもありますが、警察による逮捕をきっかけに裁判対策のために弁護士に勧められて受診する場合や、処方薬を求めて複数の医療機関を救急受診(ドクターショッピング)している場合もあります。いずれの場合も、経過によりほとんどのケースで診断可能です。
1.薬物療法
薬物乱用に伴う幻覚・妄想、興奮や易怒性(怒りやすさ)に対しては、抗精神病薬がよく効きます。抑うつ的(憂うつな状態)になっている場合は、自殺のリスクを慎重に見守る必要があります。
精神状態が落ち着くまでには一定の期間がかかるので、入院治療を行なうこともよくあります。触法薬物を使用している場合は特に地下に潜行しやすく、治療のきっかけが警察による逮捕であることが多いため、入院治療に傾きやすいといえます。
2.認知行動療法
精神状態が落ち着いてきたら、薬物を再び使うことのない生活ができるように、依存症患者の認知(ものの受け取り方や考え方)や行動の仕方を修正するための治療を行ないます。薬物にとらわれて固定化した考え方に焦点を当てながら、自分が抱えている問題に気づけるように援助するわけです。
さらに、入院中から依存症の自助グループへの参加を促し、回復へのきっかけをつかんだ人たちと接する機会をつくることで、気づきを強化していきます。自助グループのメンバーからメッセージを届けてもらったり、ミーティングへの参加を通して仲間という存在を経験してもらったりします。
現在、医療機関にかかる薬物依存症患者の使用薬物で最も多いのが覚醒剤で、その次に多いのが処方薬です。薬物依存症といっても、依存対象となる薬物によってその作用が異なるので、対応にも差が出ます。
ただ、薬物の作用の違い以上に注意すべきなのは、薬物の使用・所持が法に触れるかどうかという点です。処方薬(特に抗不安薬や睡眠薬に多いベンゾジアゼピン系薬剤)や市販薬などは、本来治療を目的として使っていたものが、継続するうちに依存性を高めてしまったといえます。アルコールやタバコ(ニコチン)、カフェインなどと同様に使用自体は法に触れないため、より歯止めがきかなくなりやすいのです。
覚醒剤や大麻などは1回の使用でさえ問題になります。これらの触法薬物は乱用者が地下に潜行しやすく、早期発見がなかなか難しいといえるでしょう。もちろん生活習慣や言動に異常がみられるようになれば家族が気づきますが、そこから受診に至るまでにはさらに時間を要することが多いです。
家族だけでも専門家(保健所、専門医療機関、民間相談機関)にアクセスすることは大事だと思います。また、警察に逮捕される人の中には依存レベルが早期の人もいるので、刑の内容次第ですが、治療への導入を検討すべきでしょう。
あえていうならば、早期発見という点でやっかいなのは依存薬物が処方薬の場合です。「治療としての必要性」と「依存状態の強さ」のバランスを考えると、薬物の使用をきっちりやめさせることがマイナスになることもある(苦痛が強くなり自殺や自傷行為に走ることがよくある)からです。依存する処方薬が両刃の剣となっているので、専門家と慎重に対応を進めていくことをお勧めします。
最近、「ハームリダクション(害削減)」という用語が使われます。この用語の由来は、欧米でのAIDS(エイズ=後天性免疫不全症候群)患者の増大と薬物乱用者との関連の強さに端を発してます。薬物乱用者数が100万人を超えるレベルにある欧米においては、薬物乱用者をゼロにすることは困難と判断され、ゼロを目指すよりAIDS患者の増加をおさえる(害削減)ことを目的に、清潔な注射器を薬物乱用者に配って回ったりしています。
日本では麻薬指定の薬剤の中でも副作用のより少ないもの(メサドン)をヘロイン中毒患者に与え、使用薬剤を置き換えることでヘロイン中毒患者を減らすという施策をとり、AIDS患者が増えるという害を削減できたと評価されました。ただ、日本の2020年度の覚醒剤の検挙者数は1万人を割っており、ハームリダクションという考え方を適用すべき状況にはありません。
薬物依存症へと進んでいく患者さんの過程をみると、すでに小学校低学年の頃から飲酒や喫煙の問題を生じて習慣化している現実があります。そして、飲酒や喫煙が入門儀式となって大麻や覚醒剤など、よりヘビーな薬物に移行していくのです。薬物依存症の予防という意味では、小学校低学年からアルコールやタバコに関する教育を強力に進めることが大事です。
社会としてどのように支援ができるか
私たちは対人関係の場でストレスの多くを感じる一方で、喜びも多く経験しています。そのため、引きこもるだけでは喜びの経験を失うことにつながります。避けられない対人関係上のストレス(苦痛)を“クスリ”に頼らず、乗り越えていくことを目指して支援する必要があるわけです。
その過程は、苦痛の瞬間をかかえながらも走り続けるマラソンのようなイメージです。苦しさの乗り越え方に気づけるように支援していきます。ただ、孤独の中でその難事業に挑むと失敗も多いので、自助グループという環境の中にいることを勧めています。社会復帰支援施設であるダルク(DARC)や、自助グループであるナルコティクス アノニマス(NA)では、新しく薬物依存症患者が参加してくると、仲間として「ようこそ」と迎え入れてくれます。この温かさが回復のために大事なのです。まだこうした団体が社会に広く周知されているとはいえませんが、周知が進むだけでも薬物依存症の予防につながっていくと考えられます。
日本では、一度失敗をすると、集団の中で村八分的対応をされることが多く、さらにルールが未確立のまま隆盛をきわめてきたSNS等でのヘイト行為の氾濫には目を覆いたくなります。そんな中でも、一方的に排除するのではなく、各々の多様性を受け入れ対応していくことが大きな課題となっています。
解決の道筋は、マスコミも含めて対応を成熟させ、私たちの意識のありようを変え続けていくことに集約されるのではないでしょうか。
解説:関 紳一
鴻巣病院
院長
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