社会福祉法人 恩賜財団 済生会(しゃかいふくしほうじん おんしざいだん さいせいかい)社会福祉法人 恩賜財団 済生会(しゃかいふくしほうじん おんしざいだん さいせいかい)

2020.07.01

エプスタイン病

Ebstein anomaly

解説:高橋 努 (宇都宮病院 小児科主任診療科長・予防接種センター長・先天性心疾患センター長)

エプスタイン病はこんな病気

心臓は内部が右(心)房・右(心)室・左(心)房・左(心)室の4つの部屋に分かれ、全身に血液を送るポンプの役割をしています。それぞれの部屋の間や血管への出口には血液の逆流を防ぐための弁がついており、右房と右室の間に三尖弁があります。エプスタイン病(エプスタイン奇形)はこの三尖弁に起こる形成異常で、生まれつきの心臓病(先天性心疾患)の0.5%にみられるまれな病気です。
三尖弁は前尖、中隔尖、後尖という3つの弁尖から成り立っています。胎児期の3つの各弁尖の形成時期には差があり、前尖が最も早くでき上がり、中隔尖・後尖はこれに続きます。この形成過程が何らかの原因で阻害されたために弁が右室にへばりつき、残った機能する弁の一部が本来の位置より右室側に落ち込むようになります。弁がへばりついた部分は「右房化右室」と呼ばれ壁は薄くなります。前尖は早期に形成されるためか、比較的正常に近い大きな弁尖となることが多いです。

合併する心疾患に、心房中隔欠損症心室中隔欠損症、肺動脈弁狭窄・閉鎖などがあります。エプスタイン病の基本的な病態は三尖弁閉鎖不全(右室が収縮するたびに三尖弁で血液が逆流する)と右室機能低下ですが、その程度は非常に幅広く、新生児の重症例から成人になって不整脈や心不全で発症する例、天寿を全うした後の解剖によって発見される例まであります。
右室機能が低下している例や三尖弁での血液の逆流の強い例では、右室が新生児期の肺高血圧に打ち勝てず、肺への血流が減少します。新生児のエプスタイン病の重症度は肺動脈弁を通る血流によって以下のように分類できます。

正常または肺動脈弁狭窄
右室機能は正常で、胎児期を通して肺血流があり出生後は症状なく経過します。
肺動脈弁閉鎖
胎児期からの強い三尖弁閉鎖不全と右室機能低下により肺血流は低下し、肺動脈弁は閉鎖(解剖学的閉鎖)します。本当に閉鎖していなくても出生直後は閉鎖しているように見えてしまう時期があり、機能的閉鎖といいます。この場合は肺動脈圧が低下すると肺血流が増えてきます。右房が極端に拡大する例は、胸郭(胸部の骨格)いっぱいに心臓が占めるほどになり、肺低形成(肺の発育や形成が妨げられ、呼吸障害を起こす病気)や左室機能低下が現れます。
肺動脈弁閉鎖不全
最重症例で、極度に低下した右室機能のため、胎児水腫(胎児の全身がむくんだ状態)になり胎児死亡することがあります。

エプスタイン病の治療

症状の程度が非常に幅広いため、定まった治療方針はなく、患者さんの状態に合わせて細かく検討していくことになります。
新生児期に肺血流低下がみられる場合は、大動脈と肺動脈を人工血管でつなぐBTシャント術や、三尖弁を塞ぎ、右房縫縮や右室切除するスターンズ手術という姑息手術(比較的小さな手術で心臓や肺の負担をとってあげる治療)を行ないます。
新生児期以降には、三尖弁を修復することでその機能を回復させる三尖弁形成術(ダニエルソン手術、カーペンター手術)、人工弁に置き換える三尖弁置換術などが行なわれます。右室機能が期待できないときは、上大静脈と下大静脈の両方を肺動脈につなぐフォンタン型手術により一心室修復(一つの心室は全身へ血液を送ることに専念し、肺への血流は心室を介することなく大静脈から直接流れる)になることもあります。

超音波検査により胎児診断で早期に発見されることがあり、新生児期に発症する症例は重篤で予後不良です。重症度を診断する方法として、右房と右房化右室を計測することで、その大きさが大きいほど、重症と予測します。

新生児期にはチアノーゼ(酸素濃度が低く、泣いたときに顔色が紫色になる)や呼吸が苦しい様子などで気づかれます。乳児期には心不全を起こせば、哺乳不良や体重増加不良、呼吸が速いなどを伴うことが多いですが、無症状で、心雑音で気づかれることもあります。学童期には学校検診で心雑音や頻脈発作を伴うことの多いWPW症候群という心電図異常で見つかることがあります。成人になるにつれ、動悸、運動時の息切れ、疲れやすいなどの症状が認められるようになります。

胎児期の三尖弁の形成過程が阻害されるために発生するのですが、それがどうして起こるのかは明らかではありません。そのため、病気の発症そのものを予防する手段はありませんが、ここでは先天性心疾患の発生の観点で解説します。

心臓は、最も早い時期から発生が開始する臓器の一つです。胎齢20日頃に開始され、段階を経て形成が進行し、50日頃までにはほぼ完成しています。各段階の異常により種々の先天性心疾患が発生すると理解されています。
ほとんどの先天性心疾患は多因子遺伝と呼ばれ、遺伝的素因と環境要因との相互作用により発症すると考えられています。軽症から重症まで合わせた先天性心疾患の頻度は1%程度で、ほかの臓器の先天異常に比べると頻度が高くなっています。罹患者の子どもが発症する頻度(再発率)はさらに高くなります。母親が先天性心疾患の場合、その子どもが先天性心疾患を罹患する頻度は212%、父親の場合13%と報告され、母親からの再発率が高いです。また、第1子が先天性心疾患の場合、次に生まれる子どもの再発率は25%です。

環境要因には飲酒、喫煙、薬剤の服用、感染症や糖尿病への罹患などがありますが、エプスタイン病はリチウム(躁病の治療薬)と関連するとの報告があります。そのため、妊娠中の環境要因について配慮することが、予防のために重要と考えられます。

解説:高橋 努

解説:高橋 努
宇都宮病院
小児科主任診療科長・予防接種センター長・先天性心疾患センター長


※所属・役職は本ページ公開当時のものです。異動等により変わる場合もありますので、ご了承ください。

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