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2023.11.22
角膜ヘルペスは9種類あるヘルペスウイルスのうち、「単純ヘルペスウイルス(HSV)」が角膜(黒目)に感染することで起こる病気です。単純ヘルペスウイルスには1型(HSV-1)と2型(HSV-2)がありますが、角膜ヘルペスの多くは1型によって起こります。
幼児期にほとんどの人が口腔内、上気道(鼻から喉までの空気の通り道)、目の一部でHSV-1に感染します。ウイルスは脳神経の一つである三叉神経の軸索流(じくさくりゅう=神経細胞「軸索」の中を輸送されていくこと)に乗って、三叉神経節に潜伏感染(病原体に感染しているものの、症状が出ていない状態)します。そのまま生涯にわたり症状のない人がほとんどですが、成人期に感冒、ストレス、過労、発熱などが原因で潜伏しているウイルスが再活性化して角膜ヘルペスを発症します。
角膜ヘルペスは「上皮型・実質型・内皮型」の3種類に分けられます。潜伏ウイルスが三叉神経の軸索流に乗って角膜に到達し、角膜の表面(上皮)でHSVが増殖すると「上皮型角膜ヘルペス」を発症します。一度発症すると再発を繰り返し、「実質型角膜ヘルペス」に移行することがあります。上皮型・実質型・内皮型のいずれの病態でも、角膜知覚(目に異物が入ったり傷ついたりしたときに察知する機能)が低下するのが特徴です。
■上皮型角膜ヘルペス
ウイルスの増殖による病態で、角膜上皮欠損の程度によって、「樹枝状(じゅしじょう)角膜炎」と「地図状角膜炎」に分けられます。
樹枝状角膜炎は、角膜上皮の欠損した部分が木の枝のように見えるのが特徴です。改善せずに長引いて範囲が広がると、地図のような形の地図状角膜炎になります。なお、アトピーの場合などに、免疫の異常やステロイド点眼の使用が原因と考えられる上記以外の所見を示すこともあります。
また、ウイルスによる直接的な感染によるものではなく、治療薬の副作用などで生じる二次性病変として、上皮の広がりが阻害されて遷延性角膜上皮欠損(角膜についた傷が1週間以上治らない状態)が生じることもあります。
■実質型角膜ヘルペス
角膜の中間層である角膜実質の細胞に増殖したウイルスに対する、身体の免疫反応や炎症反応が主な病態です。「円板状角膜炎」と「壊死性角膜炎」に分けられます。
円板状角膜炎の初期は、典型的には角膜中央付近にきれいな円形の角膜浮腫が出現し、角膜後面の皺や付着物がみられます。しかし多くの場合、非典型的なさまざまな形の角膜の混濁(白く濁った状態)を示します。再発を繰り返すと角膜実質内で炎症反応が増して、角膜内血管侵入(結膜から角膜に血管が侵入すること)や、円形もしくは弧状に病巣が広がったり瘢痕(はんこん=傷などが治った後に残るあと)ができたりするほか、脂肪の沈着が生じて壊死性角膜炎となります。
二次性病変としては、栄養障害性角膜潰瘍(角膜知覚の低下と関連した創傷治癒遅延が原因)、角膜脂肪変性(角膜に異常に脂肪が沈着した状態)があります。上皮型や実質型の再燃を繰り返すと角膜が溶ける角膜融解や、潰瘍病変の重症化、炎症による瘢痕化によって角膜が薄くなり、角膜穿孔(角膜に穴が開いた状態)になることもあります。
■内皮型角膜ヘルペス
病態は不明ですが、他のウイルス性角膜内皮炎(サイトメガロウイルス感染症、水痘帯状疱疹ウイルス、ムンプスなど)と類似した臨床所見がみられます。
具体的には下記の状態です。
・角膜の周辺に生じる角膜実質の腫れや病巣先端部に沿った角膜後面の沈着物
・上皮の樹枝状病変や実質の細胞浸潤(炎症の広がり)がみられない
・前房(角膜と虹彩の間にある部分=前眼房)に炎症がみられない
・角膜内皮細胞が著しく減少する
・角膜輪部(角膜と結膜の境界部分)の炎症を伴う眼圧上昇
すべての病型で、以下のような症状がみられます。
● 目の異物感、痛み
● 物が見えにくい、かすむ
● 涙が出る
● 充血
● 羞明(しゅうめい=強い光で生じる目の不快感や痛み)
● 視力低下
上皮型の典型例では、欠損の先端部が瘤状のターミナルバルブ(末端膨大部)という特徴的な樹枝状または地図状角膜炎がみられるため、診断は容易です。確定診断として、HSVの分離培養同定(ウイルスを採取して分離し培養する検査)、蛍光抗体法によるHSV抗原の証明(蛍光抗体で感染細胞中のウイルス抗原と抗体との反応を証明する方法)があります。補助診断としてはPCR法によるウイルスDNAの証明や、角膜知覚検査が有用です。
実質型の場合は、HSVの証明検査が陽性を示す例は極めて少ないため、上皮型を含む角膜ヘルペスの既往の有無を確認します。その後、既往と臨床所見から総合的に診断します。
<補助診断>
チェックメイトヘルペスアイ:角膜上皮細胞中の単純ヘルペスウイルス抗原検出キットです。特異度100%・感度47%~60%のため、陽性なら確定診断できますが、陰性でも否定できません。また、実質型では感染細胞を採取できないため使用できません。
PCR法:多くの場合、三叉神経節にはHSVが潜伏感染しており、角膜にも少量ながらHSVが存在するため、病気の原因となっていなくても検出してしまう可能性があります。そのため、通常のPCRではなく、量的な評価ができるリアルタイムPCRが有用です。ただし、保険適応にはなっていません。
角膜知覚検査:「Cochet-Bonnet角膜知覚計」という装置を用いて行ないます。40mm未満が知覚低下とされますが、左右差を評価します。
■上皮型角膜ヘルペス
初期治療はアシクロビル眼軟膏5回/日の投与が原則です。アシクロビル眼軟膏には眼瞼結膜炎や下方の点状表層角膜炎(SPK=角膜の表面に小さな点状の傷ができる病気)の副作用があるため、投与する量を適宜調整します。正しく使用していても1週間以上効果が現れない場合は、他の原因や耐性株(薬が効かなくなっているウイルス)の可能性が疑われます。アシクロビル眼軟膏の使用は最長3週間が原則で、上皮型の再発防止を目的とした継続投与は行ないません。
■実質型角膜ヘルペス
アシクロビル眼軟膏とステロイド点眼による免疫抑制が必要です。アシクロビル眼軟膏を使用せずステロイド点眼のみで対処すると、初めは軽快しますが、再発・再燃しやすく、経過中に上皮型を発症することもあるので、アシクロビル眼軟膏の併用が望ましいです。
上皮型を併発した際は、ステロイド点眼を中止すると実質型が悪化しやすいため、ステロイドを完全に中止しないように注意します。ステロイド点眼やアシクロビル眼軟膏は、数カ月〜1年と、時間を十分にかけて徐々に量を減らして最終的に投与を終えます。
再発を繰り返す場合は、改善後も投薬を完全に中止せず、少量を継続することで再発予防効果が得られる場合が多いです。重症の場合(角膜ぶどう膜炎や壊死性角膜炎など)や上皮欠損を伴う場合は、抗ウイルス薬のバラシクロビルを内服する場合があります。
薬物療法に反応しない強い瘢痕性の角膜混濁が残った場合は、角膜移植術の適応となります。
■内皮型角膜ヘルペス
実質型に準じた治療を行ないます。
■栄養障害性角膜潰瘍(二次性病変)
本来の角膜ヘルペスの病態ではなく、創傷治癒(傷ついた細胞が元に戻ろうとするはたらき)が進まずに起こる二次的な病態であるため、アシクロビル眼軟膏は中止します。ウイルスの再活性化を予防する目的でバラシクロビルを併用した方がよいでしょう。
治療の主体は上皮の治癒を促すことにあるため、主に治療用ソフトコンタクトレンズの装用、圧迫眼帯、ヒアルロン酸点眼などを行ないます。炎症が強いケースでは、ステロイド薬の内服や弱いステロイド点眼を併用する場合もあります。
特に過去に角膜ヘルペスの既往がある場合には、角膜知覚が低下していて痛みや異物感を感じにくいため、医学解説「角膜ヘルペスの症状」の項で記したような、目のかすみや涙、異物感、充血などがあれば、早めに眼科を受診するようにしましょう。
確実な予防法はありませんが、感冒・発熱・過労・ストレスなどが誘因となり得ることを知っておきましょう。早期発見・早期治療が重要なので、異物感・充血・目のかすみなどの症状があるときは早めに眼科を受診してください。
また、実質型は点眼治療を短期間でやめると再発しやすいため、ゆっくり減らしていく必要があります。治ったように感じても、点眼を患者さん自身の判断で中断しないようにしましょう。
解説:嶋 千絵子
野江病院
眼科部長
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