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2023.09.06
赤血球が異常に壊されることを「溶血」といい、溶血による貧血が溶血性貧血です。発作性夜間ヘモグロビン尿症(PNH)は溶血性貧血の一つで、「発作性夜間血色素尿症」とも呼ばれます。
夜間に溶血が強くなり、尿が褐色になることからこの病名が付けられました。日本における推定有病者数は100万人あたり3.6人とまれな病気です。
血液の中には、細菌やウイルスなどの病原体から身を守るために、「補体」と呼ばれるタンパク質が存在します。補体は病原体の細胞膜に穴を開けて排除します。人間の細胞膜には補体の働きをおさえるタンパク質「補体制御因子」があり、補体の攻撃から守られています。
補体制御因子は通常、細胞膜に作られた「GPIアンカー 」と呼ばれる足場につなぎ止められています。しかし発作性夜間ヘモグロビン尿症では、血液を作る細胞(造血幹細胞) において、補体制御因子のための足場(GPIアンカー)を作る酵素の遺伝子に後天的な異常が生じます。その結果、補体制御因子が働かず、活性化した補体によって赤血球が壊されやすくなり、溶血が起こります。
発作性夜間ヘモグロビン尿症では貧血による倦怠感に加え、溶血によりさまざまな症状が出現します。
溶血すると赤血球から大量のヘモグロビンが血中に放出されるため尿が褐色になります。赤血球から放出されたヘモグロビンは血中の一酸化窒素を欠乏させ、全身の血管が収縮します。そのため嚥下障害・倦怠感の増悪・勃起不全・腹痛等の症状が現れます。溶血により血栓傾向となるため肺血栓塞栓症等の血栓症を発症する患者さんもいます。日本人では比較的少ないですが、欧米では肺血栓塞栓症は発作性夜間ヘモグロビン尿症の患者さんの死因第一位です。長期間の溶血のため、腎機能の低下や肺高血圧症を合併して息切れを起こすこともあります。
また、白血球や血小板の減少が出現することもあります。その場合、易感染性(感染しやすくなること)や出血傾向を示すことがあります。
溶血性貧血では、貧血に加えて網状赤血球(できたての若い赤血球)・LDH(乳酸脱水素酵素)・黄疸の原因となるビリルビン(赤血球中のヘモグロビンが体内で分解された物質)の値が上昇します。溶血性貧血で一番頻度が高い病気は自己免疫性溶血性貧血(AIHA)です。AIHAは赤血球に対する自己抗体が産生されることによって発症します。そのため、逆に赤血球に対する自己抗体が陰性であったときに、発作性夜間ヘモグロビン尿症を疑います。
赤血球と白血球の補体制御因子の有無を測定し、補体制御因子が欠損している血球が検出されれば発作性夜間ヘモグロビン尿症と診断します。
発作性夜間ヘモグロビン尿症は症状と検査値から軽症・中等症・重症の3段階に分類されます。
軽症の場合は、経過観察となります。中等症以上の場合は、補体の活性をおさえる抗体医薬品(抗体薬) を投与する「抗補体療法」を行ないます。例えば、ラブリズマブという抗体薬を8週に1回点滴静注します。
こうした抗補体療法は溶血をおさえることはできますが、発作性夜間ヘモグロビン尿症を完治させることはできません。副作用や効果が減弱しない限り一生続ける必要があります。また、貧血が強い場合は輸血を行ないます。
発作性夜間ヘモグロビン尿症に対する唯一の完治療法は骨髄移植等の「造血幹細胞移植」ですが、リスクの高い治療法です。そのため、造血幹細胞移植を行なうのは、抗補体療法で発作性夜間ヘモグロビン尿症をコントロールできない若年患者さんに限られます。
発作性夜間ヘモグロビン尿症の最も特異的な症状は、繰り返し起こる早朝の褐色尿です。ただ、診断までに早朝褐色尿を経験したことのある患者さんは、全体の3分の1以下といわれています。
それ以外の症状としては、貧血による顔色不良・動悸・倦怠感に加え、黄疸によって皮膚や白目の部分が黄色くなります。また、嚥下障害や勃起障害、繰り返す原因不明の腹痛などの症状もみられます。体調不良でかかりつけ医を受診した際は、これらの症状を詳しく伝えてください。
血液専門医以外の医師が発作性夜間ヘモグロビン尿症を診断するのは困難です。かかりつけ医を受診した際に、貧血に加え黄疸(ビリルビン値の上昇)や褐色尿等の溶血を疑わせる所見がみられた場合は、血液専門医を紹介してもらいましょう。
また、再生不良性貧血の治療中に発作性夜間ヘモグロビン尿症を発症する患者さんがいます。血液専門医であっても発作性夜間ヘモグロビン尿症の発症に気づきにくいことがあります。再生不良性貧血の治療中に、皮膚や白目の黄染(黄色くなること)・褐色尿の出現・倦怠感の増悪・嚥下障害・原因不明の腹痛等の症状がみられる場合は主治医に伝えてください。
発作性夜間ヘモグロビン尿症は、原因不明の後天的な遺伝子異常が原因であるため、残念ながら病気そのものの発症を予防することはできません。
一方、すでに発作性夜間ヘモグロビン尿症を治療中の患者さんについては合併症の予防と早期治療のために、以下のことを注意しましょう。
発作性夜間ヘモグロビン尿症は感染をきっかけに溶血が増悪することがあるので、手洗いやうがい、マスクの使用等で感染予防を行なうことが大切です。
抗補体療法は病原体に対する抵抗力を低下させます。特に「髄膜炎菌」という細菌に対する抵抗力が大きく低下するため、抗補体療法を行なう前には必ず髄膜炎菌に対するワクチン接種を受けてください。ワクチンは5年ごとに追加接種が必要です。髄膜炎菌感染症は急速に悪化して命にかかわることがあります。発熱等の感染兆候が出現したときは速やかにかかりつけの医療機関を受診するか、それが難しければ近くの病院を受診して抗生剤の処方を受けてください。あらかじめ抗生剤の処方を受けている患者さんは、発熱時は速やかに抗生剤を内服してください。
褐色尿の頻度が急に増えた、倦怠感や喉のつかえ感が増悪した、尿の量が減ってむくみが現れるようになった、といった場合は重篤な溶血発作が疑われます。また、突然の呼吸困難が出現した場合は肺血栓塞栓症が疑われます。これらの症状が出現した場合も速やかにかかりつけの医療機関を受診してください。
解説:髙田 覚
前橋病院
血液内科代表部長
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