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スポーツ貧血とは、その名前のとおりスポーツが原因で起こる貧血を指します。陸上競技の中長距離走やサッカー、バレーボール、バスケットボール、剣道など比較的ハードなスポーツを継続して行なうアスリートによくみられます。年齢にかかわらず発症する可能性がありますが、身体の成長に伴い鉄の需要が増える成長期の子どもに多くみられます。また、月経の影響があるため女性がよりなりやすいといった特徴もあります。
スポーツ貧血の約9割は体内の鉄が不足すること(鉄欠乏)によって起こります。その主な原因として、次の4つが挙げられます。
鉄の喪失 激しい運動に伴う発汗や消化管での出血により、体内から鉄が失われます。 |
溶血の発生 着地などの動きで足底に繰り返し衝撃が加わり、血管内で溶血(赤血球の破壊)が起こります。 |
鉄需要の増加
トレーニングによって筋肉量が増加し、必要とされる鉄が増えた結果、体内の鉄が不足します。 |
鉄の摂取不足 減量を目的としたカロリー制限などで食事が偏ると、十分な量の鉄を摂取できなくなります。 |
慢性的な疲労感や倦怠感、運動中の動悸・息切れ、気力の減退といった症状のほかに、記録が伸びないなど競技のパフォーマンスの低下がみられるのが特徴的です。これはアスリートにとっては大問題です。もともと貧血になりやすいことを意識して、普段の生活の上でも食事の内容などに注意することが大切です。
ここで、スポーツ貧血と診断された16歳の患者さんの事例を一つ紹介します。
16歳女子(陸上競技・長距離走選手)
受診時の状況
1日20kmのランニングを1年半継続していたが記録が伸びなくなった。生理も止まり、練習時の集中力の低下がみられたため受診。血液検査を受けたところ、ヘモグロビン値(赤血球に含まれるたんぱく質の量)が9.5g/dLと低い値を示し、血清鉄(血液中に存在する鉄)の低下や不飽和鉄結合能(UIBC:トランスフェリンと呼ばれるたんぱく質のうち鉄と結合していない量)の上昇もみられ、鉄欠乏性貧血の状態になっていた。治療方法
鉄欠乏性貧血の治療として、鉄剤の内服を開始。1カ月後、赤血球が増え、ヘモグロビン値も改善した。その後も鉄剤の内服を4カ月継続し、フェリチン(鉄を内部に含むたんぱく質)の値が改善。以後の治療は中止されている。
スポーツ貧血でも、通常の貧血(鉄欠乏性貧血)と同じように鉄剤の内服(飲み薬)が治療の第一選択となります。そのほか、ビタミンC剤の内服や、食事によるたんぱく質の十分な摂取などの栄養指導も並行して行ないます。改善した後は鉄サプリメントを服用することで貧血の再発を予防します。
治療効果のモニタリングも重要で、ヘモグロビン値、赤血球の平均的な大きさ、血清鉄のほかに、フェリチンの値を定期的に血液検査でチェックし、体内の鉄が足りているかどうかを確認します。一般的には3~6カ月程度の通院加療が必要なケースが多いですが、改善した後も再発の可能性が高いと考えられる場合、血清鉄と貯蔵鉄(肝臓や筋肉、骨髄などにストックされている鉄)のモニタリングを継続することもあります。
そもそも貧血に陥らないためには、競技指導者や選手自身が貧血に対する知識を持つことが重要です。健康状態やパフォーマンスを常にチェックし、必要に応じて血液検査を行なうのもよいでしょう。
主に鉄欠乏によって起こるスポーツ貧血の症状は、通常の貧血と変わりません。しかし、スポーツを継続して行なうアスリートは一般の人に比べて鉄の需要が高くなっているため、治療目標値が通常の貧血の治療目標値よりも高く設定される場合が多いという特徴があります。ただし、治療目標のヘモグロビン値の設定は、競技の種類・内容や選手個人のパフォーマンスによって変わるため、その評価が必要です。
さらに、血清鉄やフェリチンを定期的に観察すべきだといわれています。一般的に貧血はヘモグロビン値を指標にして治療が進められますが、スポーツ貧血ではヘモグロビン値が正常なのにフェリチンが低下している「潜在的鉄欠乏状態」(貧血の一歩手前の状態)でも治療の対象となる場合があるためです。
ヘモグロビン値(男性/女性) | フェリチン値(男性/女性) | |
---|---|---|
スポーツ貧血 | 14/13 g/dL以上 | 40/30 ng/dL以上 |
通常の貧血 | 13/12 g/dL以上 | 20/10 ng/dL以上 |
陸上競技の中長距離走では、最大酸素摂取量(1分間に身体が体重1kg当たり取り込める酸素量)をより高めるために体重のコントロールを行なうことが多く、カロリー制限により鉄やたんぱく質が十分に摂取できず貧血となり、競技パフォーマンスの低下につながるケースがあります。そのため、栄養不足で貧血になることを防ぐ手段として、競技選手に鉄剤を投与することが慣例的に行なわれてきました。
鉄剤の投与方法には内服以外に静脈注射がありますが、一般的には内服が優先されます。しかし、過去には競技パフォーマンスを向上・維持するため、鉄剤の静脈注射が陸上競技の中長距離走選手の間で行なわれていたという実情がありました。静脈注射をむやみに続けると体内の鉄が過剰に増え、肝臓や腎臓、心臓など臓器のほかに、脳や脊髄など中枢神経の機能が落ちるという副作用が生じる可能性があります。そのため、内服ができない、体質で鉄吸収がきわめて悪いなど特段の理由を除き、鉄剤の静脈注射を実施しないよう啓発されるようになりました。鉄の過剰摂取を防ぐためにも、過度のカロリー制限を避ける、レバーや小松菜といった鉄が豊富に含まれている食品を取り入れるなど、普段の食事を見直して貧血を改善することが推奨されています。
参考:不適切な鉄剤注射の防止に関するガイドライン(日本陸上競技連盟、2019)
解説:趙 竜桓
千葉県済生会習志野病院
血液内科部長
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