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2023.12.13
顔面神経麻痺は、顔面神経がなんらかの原因で傷害されることによって、表情を作ることが突然できなくなる病気です。1年間で、10万人あたり50人ほどが発症するとされています。
脳から直接出ている神経を「脳神経」と呼びます。脳神経は12種類ありますが、そのうち7番目の脳神経が「顔面神経」です。聴力・平衡感覚をつかさどる8番目の「聴神経」とともに耳へ向かい、耳の後ろを回って、耳の下から顔の表面の「表情筋」へと枝分かれして広がります。表情筋は顔から首までの皮膚に薄く張り付いている筋肉で、「眉を上げる」「目を閉じる」「唇を動かす」「頬を膨らます」「笑顔や嫌な顔を作る」などに役立ちます。顔面神経麻痺ではこれらの表情を作ることができなくなります。
顔面神経麻痺の約60%は顔面神経だけに症状が現れる「ベル麻痺」と呼ばれ、原因不明とされてきました。しかし、近年になって身体に潜む「単純ヘルペスウイルス」が顔面神経で再活性化(再増殖)し、神経に炎症やむくみを起こすことで、麻痺を発症することが分かってきました。
顔面神経麻痺とともに同じ側の耳が赤く腫れ、水疱ができたり強く痛んだりする場合もあります。これは、水ぼうそうのウイルスである「水痘・帯状疱疹ウイルス」が再活性化することが原因で、「ラムゼイハント症候群」と呼ばれます。顔面神経麻痺の約20%がこのタイプです。ベル麻痺よりも、ラムゼイハント症候群の方が重症化しやすいといわれています。
顔の動きの低下によって「額に皺を寄せられない」「目を閉じられない」「口から水が漏れ出る」などの症状に加え、「音が耳に響く」「味覚低下」「涙の減少」などもみられます。これは表情筋のほか、耳の中の筋肉、味覚、涙の分泌にも顔面神経が関与しているためです。
ウイルスが顔面神経とともに内耳にも炎症を起こすと、「難聴」「耳の詰まった感じ」「耳鳴り」「ふらつき」「めまい」などの症状が現れます。
顔面神経麻痺の重症度は、見た目と、神経傷害で評価します。見た目の評価は、「柳原法(40点法)」で行ないます。10項目の表情運動に0から4点の点数をつけ、合計値で評価する方法です。神経障害のレベルは、「誘発筋電図検査」で測定します。顔面神経に電気刺激を行ない、表情筋の反応の左右差を比較する検査です。ほかには、聴力検査、平衡機能検査、味覚検査、涙の分泌検査も行ないます。
顔面神経麻痺の原因の検査は、血液検査でウイルスの抗体価を調べるほか、CT検査、MRI検査も用いられます。
ベル麻痺とラムゼイハント症候群の主な治療薬は、神経の炎症やむくみをおさえるステロイドホルモン剤と、単純ヘルペスウイルスと水痘・帯状疱疹ウイルスの増殖をおさえる抗ウイルス剤です。これらは、発症後3日以上経ってからでは治療効果が下がるので、発症したらすぐに耳鼻咽喉科を受診しましょう。
治療を開始しても、発症後1週間は進行することが多く、10日目前後が最も悪化します。ステロイドホルモン剤は、糖尿病・B型肝炎・結核などの感染症、胃潰瘍、高血圧、低カリウム血症、不眠症、肝障害、骨粗鬆症などに注意して使用します。また、抗ウイルス剤は、腎機能によって量の増減が必要です。
重症の麻痺では、耳の手術が行なえる専門施設で「顔面神経管開放術」を行ないます。この手術は、耳の後ろから、顔面神経が通る骨の管を削りとることで、むくみで圧迫された神経の負担を軽くします。手術の効果は、術後にゆっくり現れます。
軽症の場合は1カ月程度、中等症以上でも3カ月程度経つと、麻痺はほぼ分からなくなりますが、一部の患者さんでは神経の回復が終わる1年後も麻痺が残ります。さらに、後遺症として、口を尖らすと目が縮み、目を閉じると頬がひきつれる「病的共同運動」のほか、顔がピクピク動く「顔面けいれん」、顔がこわばる「拘縮(こうしゅく=関節が動かしにくくなった状態)」、食事をすると涙目になる「ワニの涙」、耳の筋肉のけいれんによる「耳鳴り」などの不快な症状が残ります。後遺症は発症3カ月後から発症して1年間進行し、その後、症状が固定します。一度麻痺が治った場合でも、後から後遺症が現れる可能性があるので、発症後1年の間は注意が必要です。
頻度は少ないですが、他のウイルスや細菌の感染症、腫瘍、けが、免疫疾患などが原因の場合は、それぞれの病気に合わせて治療します。
ある日突然、口の片側から水が漏れ、目が閉じにくく、眉が上がらなくなるという症状が出ます。「発症した日付」は治療方針の決定や経過の予測にとても重要な情報です。発症後に様子をみてしまうと徐々に悪化していき、治療のチャンスが少なくなるので、すぐに耳鼻咽喉科を受診しましょう。
目が閉じられないだけではなく、涙の分泌にも顔面神経が関与することから、「目の乾燥」という症状で気づくこともあります。このため、重症の場合は眼科も受診してもらうことがあります。
「脳卒中では!?」と心配し、内科や脳神経外科を受診する患者さんもいらっしゃいます。脳卒中で起こる表情筋の麻痺は、卒中のない側の脳の助けで「額や眉だけは動かせる」ことが多いのが特徴です。さらに「呂律が回らない」「物が二重に見える」「かつてない強さの頭痛」「意識が飛ぶ」「手足の麻痺やしびれ」など、脳卒中では重篤な症状が合併し、顔面神経麻痺とは区別されます。また、今まで顔面神経麻痺を起こしたことのない人に起こる「顔面けいれん」は、顔面神経麻痺とは別の病気です。
普段から健康診断を受け、持病を把握しておき、診察時はお薬手帳を持参することで、全身状態に応じた適切な治療が、早く選択しやすくなります。
耳以外の「顔の痛みやしびれ」を顔面神経“痛”と訴えるケースも時折みられますが、顔の感覚は別の脳神経が担うため、顔面神経痛とは呼びません。ほかにも「まぶたを開く」「口を開ける」「噛む」「舌を動かす」「ゴクンと飲み込む」「声を出す」などは、顔面神経とは別の脳神経が担っています。ただし、何らかのウイルスの再活性化が他の脳神経で同時に生じ、これらの症状を引き起こすことがあるので、気づいたことがあれば、遠慮なく医師に伝えてください。
一度獲得した単純ヘルペスウイルスや水痘・帯状疱疹ウイルスに対する免疫が弱り、再活性化を引き起こすとされており、過労・ストレス・寒冷刺激・紫外線などが発症のきっかけになりやすいと考えられています。糖尿病、免疫不全症、免疫抑制剤治療を受けている患者さんやがん患者さんも、再活性化が起こりやすいといわれています。健康であっても、子どもの頃に水ぼうそうにかかった際の免疫は、年齢とともに低下するため、50歳以上では「帯状疱疹」の発症率が上昇します。水痘・帯状疱疹ウイルスにはワクチンがあり、自治体によっては費用助成制度があるので、主治医の先生に相談してみてください。
やぶなどでマダニにかまれ、特殊な細菌が身体に入って起こる顔面神経麻痺は「ライム病」と呼ばれます。日本では、麻痺を起こす病原細菌を持つマダニの生息分布が北海道や一部の山地に限られてはいますが、やぶに入るときは長袖・長ズボンを着用し、虫刺されを予防しましょう。
リハビリテーションとして、かつては、目を強くつぶる、頬を膨らます、ストローで吸うなどの顔を大げさに動かす練習や、電気鍼や低周波治療器などで顔に電気刺激を与える治療が行なわれてきましたが、かえって後遺症が起こりやすくなることが分かっています。
現在は、後遺症の予防を目的として「顔の動きを減らす」「顔を温める」「顔のマッサージを行なう」ことが勧められています。後遺症が現れた場合も、「後遺症の目立たない表情」のリハビリテーション指導、ボツリヌストキシン注射、再建手術などの治療があります。
日本顔面神経学会では、顔面神経麻痺について専門知識を持つ「顔面神経麻痺相談医」と「顔面神経麻痺リハビリテーション指導士」を認定しており、ウェブサイトで名簿が公開されています。正しいリハビリテーションを受けるためにも、一度ご相談ください。
解説:金子 富美恵
済生会有田病院
耳鼻咽喉科 医長
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