2025.12.04

脳梗塞を心臓外科手術で予防する ウルフ-オオツカ法

心臓でできた血の塊(血栓)が脳の血管に詰まって脳細胞の血液が不足し死に至ることもある「心原性脳梗塞」。長嶋茂雄さんや小渕恵三さん、イビチャ・オシムさんなどが重度の後遺症を残されました。脳梗塞の約3割を占めるとされるこの疾患は心臓の中で血液がよどみ、生じた血栓が原因とされています。心原性脳梗塞を予防する治療「ウルフ-オオツカ法」を下関総合病院の副院長・心臓血管外科科長の伊東博史先生が解説します。

キーワードは「心房細動」と「左心耳」

-「心原性脳梗塞」ってなんですか?

心原性脳梗塞のほとんどは、日本人の約100~200万人がかかっているといわれる「心房細動」という病気が原因とされています。
それを説明する前に、まずは心臓の仕組みを理解しましょう。心臓は大きく分けると4つの部屋があります。全身から戻ってきた血液は「右心房」に入り「右心室」を通って肺に送られます。肺で酸素をもらった血液は「左心房」に入った後「左心室」を通って再び全身に送り出されます。

-なぜ心臓は動くことができるのでしょうか。

心臓は電気信号によって収縮と拡張を繰り返して「ポンプ」の役割を果たすことで全身に血液を送り出すことができています。
この電気信号は心臓上部の心房内にある洞結節から発生しているのですが、洞結節(どうけっせつ)以外の心房から 不規則に信号が発生して心房が正しい動きができなくなる不整脈があります。これを心房細動と呼びます。

-不整脈とは違うのですか?

不整脈は心臓の電気信号が乱れた状態をいいます。心房細動は心臓にある「心房」が異常な動きをすることで起きる不整脈の一種です。

-最初に話していた心房細動と心原性脳梗塞にはどのような関係があるのですか?

心臓の電気信号が正しく流れていると心房の収縮は規則正しく動きます。血液の流れもスムーズです。しかし、電気信号が乱れると心房の動きが不規則になって乱れ、血液がうまく流れなくなります。
そうすると、心房の中で血液の流れが悪くなり左心房の一部である「左心耳(さしんじ)」という部分で血栓ができやすくなります。

-なぜ、左心耳では血栓ができやすいのですか?

いいところに気がつきましたね。左心耳は左心房の端にあり袋状の形をしているため、血液が滞留して血栓ができやすくなるのです。

-左心耳で血栓ができやすいことは分かりました。それがなぜ脳梗塞になるのですか?

左心耳は左心房にあります。「左心房」に入った血液は「左心室」を通って再び全身に送り出されます。つまり左心耳でできた血栓が血流にのって脳に運ばれ脳の血管を詰まらせる恐れがあるのです。

★おさらい
1. 心房細動になると心臓の中の血液の流れが悪くなり、左心耳で血栓ができやすくなる
2. 左心耳でできた血栓が脳に運ばれ血管を詰まらせると脳梗塞になる

ウルフ-オオツカ法は二刀流!?

左心耳で血栓ができやすいことは分かりましたね。それならば「左心耳を取り除いてしまおう」というのが、ウルフ-オオツカ法(胸腔鏡下左心耳閉鎖術&胸腔鏡下アブレーション)です。アメリカの心臓外科医・ウルフ医師と日本の心臓血管外科医・大塚俊哉医師によって共同開発されました。

-ずいぶん、思い切りがいい話ですね……ウルフ-オオツカ法はどのようにして行なう手術ですか?

主に胸腔鏡(①)、手術用ステープラー(②)または左心耳閉鎖デバイス、外科用アブレーションデバイス(③)の3つの手術用器具を使います。

①胸腔鏡

②手術用ステープラー

③外科用アブレーションデバイス

全身麻酔をした後、胸に5ミリほどの穴を数カ所開けます。そこに胸腔鏡を入れます。胸腔鏡はビデオカメラになっていて体の中の映像を見ることができます。胸を大きく切らないので体への負担が少ないのが特徴です。

-小さい傷であれば傷口が治るのが早くていいですね。

次に手術用ステープラーまたは左心耳閉鎖デバイスという道具を穴に差し込み、左心耳を取り除く「左心耳閉鎖術」を行ないます。

「左心耳閉鎖術」には、画像A,Bのように手術用ステープラーで画像中央の左心耳を切除する方法のほかに、画像C,Dのように左心耳閉鎖用クリップで左心耳に血液が流れ込まないようにする方法もあります

さらに外科用アブレーションデバイスを穴に差し込み、心臓の電気信号の異常が発生する場所を心臓の外側から焼くことで悪い電気の流れを止める「外科的アブレーション」で、心房細動を治療します。そうしたことから、ウルフ-オオツカ法は左心耳閉鎖(脳梗塞予防)とアブレーション(制脈治療)を同時に行なう二刀流の治療法といえます。

外科的アブレーションでは、左肺静脈隔離(a)、右肺静脈隔離(b)を行ないます

ウルフオオツカ法で施術した際におこる心臓の見た目の変化

アブレーションは太ももの付け根や首などの血管から細くて柔らかいカテーテルを挿入する内科的アブレーションもあります。

-1回の手術で2つの手技を行なう「二刀流」なのですね! 手術時間はどれくらいかかるのですか?

「左心耳閉鎖術」と「外科的アブレーション」は約1時間半。左心耳閉鎖術のみであれば約30分程度で終わります。これにはスタッフのチームワークが重要です。医師だけでも胸腔鏡を操作する人、左心耳を切除する人、それらをサポートするため内視鏡で他の臓器を抑える人など息の合った連携が必要です。

チームワークを生かしてウルフ-オオツカ法で施術を行なう済生会下関総合病院の医師と看護師

-そもそもですが、左心耳を取り除いて心臓に問題はないのですか?

左心耳は胎児の心臓が発達する過程で残された「原始心房」です。原始心房は右心房と左心房の二つに分かれていきますが、その過程で一部が残されたものが左心耳です。大人になっても左心耳は左心房の血流を調整する役割がありますが、心房細動になるとその調整機能は失われます。
心原性脳梗塞の原因となる血栓の99%は左心耳でできると言われています。心房細動によって機能しなくなった上、血栓ができるリスクが高い左心耳ならば切除したほうが良いということです。

-他にもメリットがありますか?

左心耳を切除することで血液をサラサラにする薬「抗凝固薬」を服用する必要がなくなります。
心房細動になると血栓ができやすくなるため、「ワーファリン」など抗凝固薬を服用することで血を固まりにくくします。一方で出血したときには血が固まりにくくなる副作用が抗凝固薬にはあります。さらに、抗凝固薬を内服しても2~3%は脳梗塞になり、中止をすると梗塞のリスクがさらに上がるため一生内服が必要です。

-ウルフ-オオツカ法以外の治療方法はないのですか?

左心耳の入り口をふさぐ経皮的左心耳閉鎖術(ウォッチマン)という治療法があります。これは太ももの付け根の静脈からメッシュのついた金網(ウオッチマンデバイス)が収納されたカテーテルを挿入して、左心耳の入り口で金網を広げ置きます。手術時間は約1時間です。金網は徐々に内皮化されますが、抗血小板薬は服用し続けなければいけません。
左心耳閉鎖術には外科治療のウルフ-オオツカ法と内科治療の経皮的左心耳閉鎖術(ウォッチマン)の2種類があるということを覚えておいてください。

★おさらい
1. 心房細動になると左心耳は機能しなくなるだけでなく血栓ができやすくなる
2.ウルフ-オオツカ法は左心耳切除と心房細動治療の二刀流!

エコノミークラス症候群でも脳梗塞になる?

-「エコノミークラス症候群」でも、脳梗塞になることはあるのですか?

エコノミークラス症候群の正式名称は「肺血栓塞栓症」といいます。飛行機内や災害避難所などで長時間同じ姿勢でいると足の血液循環が悪くなって、静脈に血の塊(静脈血栓)ができやすくなります。その血栓が肺の血管を詰まらせ呼吸困難や失神を引き起こします。これは静脈から右心房、右心室、肺という流れでの話で、動脈に血栓は流れません。
しかし、ある条件下では、静脈から右心房、左心房、左心室、全身の動脈へと血栓が流れて脳梗塞を起こすことがあります。これは奇異性塞栓症といわれ、通常生まれた後に閉じる穴(卵円孔)が残っていて、そこを通って血栓が右心房(静脈系)から左心房(動脈系)に入ることによって発生する脳梗塞です。ただし、このような状況がない限り、基本的にはエコノミークラス症候群で脳梗塞になることはありません。

-それはなぜですか?

最初に話した心臓の仕組みを思い出してください。全身から戻ってきた血液は「右心房」に入り「右心室」を経て肺に送られます。肺で酸素をもらった血液は「左心房」に入った後「左心室」を通って再び全身に送り出されます。何か気がつきませんか?

-何でしょうか?

全身から戻ってきた血液は「右心房」に入り「右心室」を通って肺に送られる。つまり肺にある血管で詰まることはあっても脳の血管で詰まる可能性は非常に低いのです。

済生会下関総合病院「ハートチーム」

左心耳閉鎖術には外科治療の「ウルフ-オオツカ法」と内科治療の「経皮的左心耳閉鎖術(ウォッチマン)」の2種類があります。どちらを選択するのか、医師が患者の年齢や全身状態、合併症など総合的に判断して、その人にとって最良医療を提供する必要があります。

済生会下関総合病院ではより高度な心臓血管治療に対応するため、2020年6月に「ハートチーム」を結成し、心臓血管センターが開設されました。チームは循環器内科と心臓血管外科を主として、画像診断専門医、麻酔医、看護師、臨床工学技士、診療放射線技師など、集中治療のエキスパートで構成されています。

循環器内科と心臓血管外科では合同カンファレンスを毎週開き症例検討を行なっています。どの治療法が患者さんにとって最適かハートチームで判断しています。

済生会下関総合病院の「ハートチーム」

解説:伊東博史

解説:伊東博史
下関総合病院
副院長 心臓血管外科科長

※所属・役職は本ページ公開当時のものです。異動等により変わる場合もありますので、ご了承ください。
※診断・治療を必要とする方は最寄りの医療機関やかかりつけ医にご相談ください。

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