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2018.11.26

僧帽弁閉鎖不全症のカテーテル治療

特殊なクリップで血液の逆流を防止 僧帽弁閉鎖不全症のカテーテル治療

僧帽弁が加齢などで閉じにくくなり血液が逆流する「僧帽弁閉鎖不全症」の新しい治療法が、6月から熊本病院で始まりました。これまで手術ができなかった患者さんの救いの手として注目されています。クリップで弁を挟んで逆流を防ぐカテーテル治療について、同病院循環器内科部長の坂本知浩先生にお話を伺いました。

僧帽弁閉鎖不全症とは

全身から心臓に戻ってきた血液は右心房→右心室→肺へと循環し、肺で新鮮になった血液は左心房→左心室から大動脈を通って全身に送られます。心臓には逆流を防ぐための弁が4カ所にあり、その1つが左心房と左心室の間にある僧帽弁です。僧帽弁は直径3~4センチで、2枚の弁尖という膜からなっていて、腱索(けんさく)および乳頭筋という筋肉が支えています。僧帽弁は、左心房が収縮するときに開いて血液を左心室に送り込み、左心室が収縮するときに血液が左心房に逆流しないように閉じます。

僧帽弁が何らかの原因でうまく閉じず、血液が左心室から左心房に逆流する疾患が僧帽弁閉鎖不全症です。息切れ、呼吸困難、不整脈などの症状が現れ、悪化すると心不全を起こして命に関わることもあります。

僧帽弁閉鎖不全症は原因によって一次性(器質性)と二次性(機能性)の二つに大きく分けられます。一次性は、外傷や心筋梗塞、腱索の断裂などによって僧帽弁が左心房側に飛び出て隙間ができてしまい、血液の逆流が生じます。二次性は、左心房と左心室が拡がることが原因です。ほかの病気で心不全になると、心臓は収縮する力が弱くなって、送り出す血液の量が少なくなります。そのため、心臓はより多く血液を送り出そうとして大きくなり、2枚の弁に隙間ができて逆流が起きます。二次性の僧帽弁閉鎖不全症の患者さんは、今回紹介するカテーテル治療を受ける人の4分の3にあたります。

一次性の僧帽弁閉鎖不全症
腱索が壊れ、僧帽弁が閉じなくなる

 

二次性の僧帽弁閉鎖不全症
心臓が大きくなり、僧帽弁の隙間が閉じなくなる

新たに導入されたカテーテル治療

従来、僧帽弁閉鎖不全症の治療は僧帽弁形成術という手術が基本とされてきました。これは、患者さん自身の壊れてしまった弁を針や糸、必要に応じて人工弁輪という器具を使用して修復する治療法です。しかし、高齢の患者さんや合併症などがある患者さんの場合、身体に負担がかかる手術は断念されるケースが少なくありませんでした。

そこで、2枚の弁を縫い付けて逆流を防ぐ手術の治療成績が良好であることに着目して開発されたのが、特殊なクリップで弁を挟んで留めるカテーテル治療です。このクリップはコバルトクロム、ナイチノール、ポリエステルでできていて、時間経過とともに内皮細胞(血管やリンパ管などの内側を覆う細胞)に覆われ、やがて心臓の一部になっていきます。

マイトラクリップ
長さ約15ミリの小さなクリップを使用する

僧帽弁閉鎖不全症のカテーテル治療は全身麻酔下で、口から経食道心エコーを挿入して行なわれます。足の付け根(鼠径部=そけいぶ)の静脈から心臓に向けて、電気メスのような高周波針で先導し直径8ミリのカテーテルを通していきます。心臓に達したら、心房中隔(右心房と左心房を隔てる壁)の比較的薄いところに高周波針で小さな穴を空け、左心房にカテーテルを入れます(これを心房中隔穿刺法<しんぼうちゅうかくせんしほう>と言います)。そして超音波エコー画像とX線画像で血液の逆流が噴出する場所を確認して、クリップを挟む位置を決め、留めます。

カテーテル治療の流れ

血液の逆流が止まるまでやり直し、クリップ1個では逆流が止まらなければ2個以上使うなど、使用するクリップの数を増やす可能性もあります。また、万が一開胸して処置する必要がある状況に備えて、外科医がすぐ加われる体制になっています。

治療の所要時間は4時間程度ですが、症例が増えていけば、経験の蓄積で今後短縮される可能性はあります。また、カテーテル治療は、手術に比べて患者さんの負担が小さく、入院期間も1週間程度と短いので患者さんのQOLが大きく損なわれることはないでしょう。当院では毎週のように僧帽弁閉鎖不全症のカテーテル治療を行なっています。

※Quality of Life=生活の質。満足して生活できているかを指す言葉

一次性の僧帽弁閉鎖不全症はカテーテル治療でほぼ完治するので、比較的早く退院できます。二次性の僧帽弁閉鎖不全症は左心不全がベースにあるので、心臓を保護するACE阻害薬、心臓を休ませるβ遮断薬、うっ血による症状を改善させる利尿薬などの併用が重要になります。

特に、二次性の僧帽弁閉鎖不全症に対するカテーテル治療は、単に逆流を防ぐ治療にとどまらず、心不全の症状を緩和する治療法としての意義が大きいといえます。今後高齢者の増加に伴って心不全の患者さんが増えてくることが予想され、僧帽弁閉鎖不全症のカテーテル治療への期待はますます高まるでしょう。

熊本病院・循環器内科では、僧帽弁閉鎖不全症カテーテル治療に注力し取り組んでいます。詳細情報は下記リンクを参照してください。

解説:坂本 知浩

解説:坂本 知浩
済生会熊本病院
循環器内科部長

※所属・役職は本ページ公開当時のものです。異動等により変わる場合もありますので、ご了承ください。

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