超高齢化社会を迎えつつある現在、膝などの関節に痛みを抱える人が増えています。そんな中、膝痛などの新たな治療法として注目を集めているのが「PRP・APS療法」です。治療法や効果などについて、奈良病院・運動器再生医療センター長の岡橋孝治郎先生に聞きました。
PRP・APS療法はどんな治療法?
●自分の血液を使った再生医療のため副作用はなし
膝や肘の痛みを緩和するPRP・APS療法は、再生医療の一種です。再生医療とは、自分の身体の一部(組織)を使って行なう治療のことです。自らの組織を用いるため、拒否反応などの重篤な副作用がほとんどないのが特徴です。
●血液から成長因子や痛みを抑える成分を抽出して投与
PRP療法は、採取した自分の血液から分離・抽出した多血小板血漿(PRP)を用いた治療法です。PRPに含まれる高濃度の血小板には、組織の修復や再生を手助けする成長因子を放出する働きがあるとされます。
そのPRPを濃縮したものが自己タンパク質溶液(APS)です。痛みを抑える成分(抗炎症サイトカイン)や成長因子などを豊富に含んでいます。APSを用いるAPS療法は、PRP療法の進化系といえます。
PRPやAPSを注射で患部に注入しますが、副作用の心配がないため何度でも繰り返し治療ができるというメリットがあります。
従来の治療法に代わるアプローチとして注目
変形性膝関節症の場合、ヒアルロン酸や消炎鎮痛薬を使った治療(保存療法)か、骨切り術や人工関節置換術などの手術か、どちらかしか治療の選択肢がありませんでした。ただ、実際には、保存療法の効果はさほどでないものの手術するほどではない患者さんや、家族の世話があるため1カ月程度の入院が必須となる手術ができない患者さんなど、二者択一では対応できないさまざまなケースがあります。そこで従来の保存療法と手術の間を埋める新たなアプローチとして、PRP・APS療法が注目されています。
PRP・APS療法の治療の流れ、費用、効果は?
●治療の流れと料金について
事前にPRP療法やAPS療法が適応するかの確認や治療に対する十分な説明、問診、検査などはありますが、治療当日の流れはいたってシンプルです。大まかにいうと、採血を行ない、専門の装置でPRP・APSを分離・抽出し、PRP・APSを痛みのある患部(肘や膝など)に注射するだけです。
採血量は約55mLで、献血(約400mL)に比べても少量です。奈良病院の場合、PRP・APSを分離・抽出する専用の機械が院内にあるため、採血から治療完了まで1時間程度。日帰りの治療が可能です。
現在PRP・APS療法は自由診療であり、医療保険の対象ではありません(2023年3月時点)。料金設定は各医療機関に任されています。奈良病院の場合は、全国的な相場である「PRP療法:10万円」「APS療法:30万円」という金額です。
●効果の現れる時期と持続する期間について
効果(痛みの緩和・改善)が現れる時期は治療した医療機関を問わず、だいたい2~3カ月後というケースが多くみられます。ただ、個人差も大きく、早ければ2週間後くらい、遅いと半年経ってようやく効果がみられることもまれにあります。
こうした背景には、以下のような要因が考えられます。
◇ PRPやAPSを分離・抽出する前の血液に含まれる血小板や白血球などの機能の違い(一般に高齢になるほど機能低下が進行)
◇ 日常生活での活動性の違い(普段から活動性が高く、膝・肘に負担がかかりやすい人ほど、効果を実感できるまでに時間がかかる傾向にある)
◇ 治療時の病状(変形性膝関節症でいえば関節の変形が進んでいるほど効果が出づらい)
同様の理由から、効果の持続期間も個人差があります。奈良病院はPRP・APS療法を始めてから2年程度ですが、治療の効果が2年近く続いている患者さんがいる一方、半年や1年、あるいはもっと早くに効果が弱まった患者さんもいます。
PRP療法とAPS療法で医療区分が異なる
再生医療に関する法律では、PRP療法とAPS療法は医療区分が異なり、PRP療法は第3種、APS療法は第2種に分類されます。それぞれ治療を行なう病気(部位)が定められており、PRP療法は肘の痛みの主な原因となる筋肉、腱、靭帯の損傷に、APS療法は変形性膝関節症など膝の病変の治療に用いられます。
自己治癒力の向上を助ける治療法
冒頭で、PRP・APS療法は再生医療の一種と述べましたが、「再生」という言葉から「元通りになるの?」「若返るんでしょ?」と誤ったイメージを持つ人もいるかもしれません。
●APS療法は関節内の炎症のバランスを改善
APS療法を例に挙げると、治療のイメージは「関節内の炎症のバランス改善」です。痛みが強い状態の膝関節は、炎症を起こして痛みを増強する炎症性サイトカインという物質が、痛みを抑える抗炎症性サイトカインや成長因子などよりも優位な状態にあります。APSを患部に注射して痛みを抑える物質を関節内に増やすことにより、「炎症を起こす物質」と「炎症を抑える物質」のバランスが取れ、その結果として関節の痛みが緩和・改善されます。
PRP・APS療法は、あくまでも自己治癒力を高める手助けとなる治療法であって、決して万能ではありません。患部の状態によっては手術療法が最善の場合もあります。こうした点を考慮すると、患者さんの病態を見極めて、再生医療を行なうべきかどうか丁寧に説明してくれる医療機関で治療するのがよいでしょう。
そして患者さん自身も「再生」という言葉から誤ったイメージを抱くのではなく、正確な情報を持つことが大切です。
さらに期待が高まるPRP・APS療法の今後
今、PRP・APS療法についての研究は、世界各国で進められています。今後、技術が進化して、より高濃度のPRPやAPSを簡単に分離・抽出できれば、さらに効果の高い治療も可能になるでしょう。
PRP・APS療法を受ける人が増えることで、治療の適応例やエビデンスが蓄積され、今以上に効果的な活用法も確立していくと考えられます。
現状は自由診療のため、高額な治療費が課題といえます。ただ、将来的に保険診療の適用となれば、この治療法が一気に広がる可能性も秘めています。
厚生労働省の調べでは、膝などの変形性関節症で痛みを感じる人は国内で1000万人と推定されています。こうした人の中には高齢で「動かなければ痛くない」ことも多く、結果として、日常生活動作(ADL)や生活の質(QOL)の低下を招き、ひいては身体が衰えた状態(フレイル)から要介護へ移行してしまうケースも少なくありません。
こうした一連の流れを防ぎ、健康寿命の延伸に貢献する新たな痛み改善のアプローチとしても、PRP・APS療法は期待されています。
解説:岡橋 孝治郎
奈良病院
運動器再生医療センター センター長
※所属・役職は本ページ公開当時のものです。異動等により変わる場合もありますので、ご了承ください。
※診断・治療を必要とする方は最寄りの医療機関やかかりつけ医にご相談ください。
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