アトピー性皮膚炎の治療が、ここ数年で大きく変わってきています。薬の種類が増え、治療の選択肢が拡大。「どうせよくならない」というイメージは、もはや過去のものかもしれません。アトピー性皮膚炎治療の最新事情について、済生会中央病院院長の海老原全先生に教えてもらいました。
アトピー性皮膚炎治療の最前線
●過去にない革新的な新薬の登場
2021年に「アトピー性皮膚炎診療ガイドライン」が改訂されました。最も大きな変更点は新たな薬の登場です。
これまでアトピー性皮膚炎の治療に用いられていたステロイド薬やタクロリムス軟膏(商品名「プロトピック軟膏」)などは、身体に生じたかゆみや炎症に作用する、いわゆる対症療法の薬でした。
これに対し、近年登場したデュピルマブ(商品名「デュピクセント」)などの生物学的製剤や、デルゴシチニブ(商品名「コレクチム」)、バリシチニブ(商品名「オルミエント」)などのJAK阻害薬(JAKという酵素の働きを抑える薬)は、かゆみや炎症が生じる前に抑えこむ薬といえます。これらの薬がガイドラインで新たに追加されています。
ステロイドの塗り薬が登場。ただ、副作用が出るため顔には使用できなかった。
ステロイドとは異なるメカニズムで作用する薬が登場。顔にも使えることで治療の幅が広がった。
重症の患者さんには大きな進歩となる内服薬。それまではステロイドの内服薬を飲んでおり、副作用に悩まされていたが、その改善につながった。
治療を劇的に変えた生物学的製剤。
この後、いくつかの生物学的製剤やJAK阻害薬が登場していくことになり、治療の選択肢がどんどん広がっていく。
●「リアクティブ療法」から「プロアクティブ療法」への転換
治療法も変化しています。
古くは症状が現れた際にステロイドの塗り薬や保湿剤などを使う「リアクティブ療法」が多く用いられていました。しかし10年程前から、症状がいったん治まっても、間隔を空けながらステロイドの塗り薬などを使い続ける「プロアクティブ療法」が主流となっています。これにより症状が再び現れるのを未然に防ぐのです。
プロアクティブ療法で寛解(症状が落ち着いて安定した状態)維持率が向上したという研究報告もあり、アトピー性皮膚炎の治療の有用性において高いエビデンスを得ています。
アトピー性皮膚炎とはどんな病気?
一般に、アトピー性皮膚炎は乳幼児・小児の時期に症状が現れ、患者さんの数は加齢とともに減少し、一部の患者さんが成人型アトピー性皮膚炎に移行すると考えられています。
主な症状として、皮膚の赤み・かゆみ・ブツブツ(発疹)・乾燥・落屑(らくせつ=皮膚がぽろぽろとはがれ落ちること)・ジュクジュク(滲出液が出ている状態)などがあります。症状が現れる部位は全身に及び、左右対称に現れるのが特徴です。原因についてはアレルギー体質(免疫の異常など)や皮膚のバリア機能の低下(天然保湿因子の低下など)のほか、さまざまな要因が考えられており、まだまだ不明な点も多いとされています。
広がる治療薬の選択肢とコストの問題
●生物学的製剤、JAK阻害薬、PDE4阻害薬について
先ほど新たな治療薬を簡単に「かゆみや炎症が生じる前に抑えこむ薬」と説明しましたが、もう少し詳しく生物学的製剤、JAK阻害薬、PDE4阻害薬について効く仕組みを解説します。
大前提として、いずれの薬も「炎症性サイトカイン」という皮膚のかゆみや炎症を発生・悪化させる物質に作用して効果を発揮します。
<新たな治療薬の働き>
■生物学的製剤:炎症性サイトカインが細胞に付着するのを直接的に抑える
■JAK阻害薬:炎症性サイトカインのシグナル伝達に必要なJAK(ヤヌスキナーゼ)という酵素の働きを抑える
■PDE4阻害薬:炎症性サイトカインの産生を抑えるcAMPという物質を分解してしまうPDE4という酵素の働きを抑える
特に生物学的製剤の効果は高いです。副作用の報告も少なく、長期間アトピー性皮膚炎を患っていた患者さんから、その改善結果に「生活が変わった」という声も聞かれます。
一般名 | 商品名 | 分類 | 投与方法 | 承認された年 |
---|---|---|---|---|
デュピルマブ | デュピクセント | 生物学的製剤 | 皮下注射 | 2018年 |
ネモリズマブ | ミチーガ | 生物学的製剤 | 皮下注射 | 2022年 |
トラロキヌマブ | アドトラーザ | 生物学的製剤 | 皮下注射 | 2022年 |
デルゴシチニブ | コレクチム | JAK阻害薬 | 外用 | 2020年 |
バリシチニブ | オルミエント | JAK阻害薬 | 経口 | 2020年 |
ウパダシチニブ | リンヴォック | JAK阻害薬 | 経口 | 2021年 |
アブロシチニブ | サイバインコ | JAK阻害薬 | 経口 | 2021年 |
ジファミラスト | モイゼルト | PDE4阻害薬 | 外用 | 2021年 |
●新薬の最大のネックは価格
アトピー性皮膚炎の治療に革新的ともいえる効果をもたらした新たな薬ですが、最大のネックはその価格の高さといえるでしょう。
例えば、生物学的製剤の「デュピクセント」の場合は3割負担で、初診時が3万5000円程度、再診以降では1万7600円程度かかります。JAK阻害薬やPDE4阻害薬も、ステロイドの塗り薬より高額になります。
患者さんによっては高額療養費制度が適用になるケースもありますが、すべての人に当てはまるわけではありません。
とはいえ、仮に薬価がネックで生物学的製剤を使えない人であっても別の選択肢もあります。悲観せず、医師に相談してください。
治療の基本は今も昔も同じ
●時代に寄らず不変な治療の3本柱
ここまで最新の治療薬などを中心に見てきました。ただ、アトピー性皮膚炎の治療スタイルが一新されたのかといえば、そうではありません。アトピー性皮膚炎治療は『薬物療法』、保湿剤を用いるなどの『スキンケア』、生活環境の改善など『悪化要因の除去』の3本柱から成り、これは今も昔も変わりません。
つまり現在でも『薬物療法』のファーストステップはステロイドやタクロリムス軟膏などを用いた治療です。そうした治療を最低半年行なっても改善がみられない場合に、新たな薬が治療の選択肢に浮上します。
●早めに専門医への相談がベスト
治療効果の高い薬が開発され、治療薬の選択肢が広がったことで、今後はアトピー性皮膚炎に対するイメージも変わっていくかもしれません。実際、新しい薬を使うことで、症状に長く悩んでいた患者さんが寛解に至るといった報告も少なくありません。
アトピー性皮膚炎の治療におけるゴールは、症状の消失、もしくは症状があっても軽微で日常生活が普通に送れ、薬もあまり必要としない状態を維持していくことにあります。そのためには、できる限り早期に皮膚科の専門医に相談して、患部の皮膚を良好な状態に改善・コントロールしていくことが大変重要です。
画期的な新薬の登場でアトピー性皮膚炎の治療は大きく進歩しています。「どうせ治らない」と諦めず、早めの受診をお勧めします。
参考サイト
アトピー性皮膚炎診療ガイドライン2021
解説:海老原 全
中央病院
院長 皮膚科
※所属・役職は本ページ公開当時のものです。異動等により変わる場合もありますので、ご了承ください。
※診断・治療を必要とする方は最寄りの医療機関やかかりつけ医にご相談ください。
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